葉の音
境内の落ち葉を毎日集めています。
毎年、同じ時期に同じ作業を繰り返すと、去る季節、来る季節、
その足音がわかる気がするのです。
風とともに、バチバチバチ…という音が聞こえてきます。
たくさんの葉が落ちる音。風に運ばれていく音。
春に散る桜はとても静かなのだけど、秋の葉たちは物音を立てる。
私が思う、秋の音。
参道から境内、周辺の葉を集めると、それは相当な量となります。
その積もる葉を見ては、年も暮れが近いと感じ、一抹の寂しさを覚えるものです。
一枚一枚の葉には、お役目がありました。
一枚一枚の葉に名はありませんでしたが。
木に居た時は、確かにお役目がありました。
暖かな日を浴びて、雨に打たれ、風の流れをつくり、
鳥と遊び、暑い夏には涼しい陰に人を休ませる。
見えない根から吸い上げたものをその先で受け取り、
日光を受けては自らもエネルギーをつくり、広く恵んでくれる。
やがて葉の色は美しく染まり、無心に人を集めては喜ばせてくれましたね。
いつか枯れると、ためらうことなく過ごした木から落ちてゆきました。
お役目を終えたのでしょうか。
いえ、その姿をなくしても、残る多くの命の栄養になるようです。
再生の源となります。
自然の循環は、人の目に捉えきれない神秘的営みがあるのですね。
人も同じでしょうか。
ひとりひとりにお役目があるのでしょうか。
「これは大切な、命のテーマです。」
人も同じです。
葉と違い、ひとりひとりに名が付けられているのは、その使命とも思えます。
自然の一部であるわたしたちには、きっと同じように役目があります。
喜び笑い、悲しみ泣く、聞く、伝える、これだって役目。
与え与えられ、働くこと眠ること、今日を考えて生きること、すべて役目。
やがて命は尽きます。
お役目を終えたのでしょうか。
いえ、その姿をなくしても、残る多くの命の栄養になるようです。
再生の源となります。
「これは大切な、供養と祈りのテーマです。」
先日ご法事の際、お檀家さまがこんなお話をしてくださいました。
『初詣よりも、毎年の暮れまいりを大切にしている。』
まことに尊いお考えです。
大晦日、西の彼方に沈む日を拝む心。
世の真相は、葉が散りゆく時節にこそ感受すべきものかもしれません。
パチパチパチ...音を立てて説法する木の葉。
今年もまもなく、再生の冬がやってきます。
合掌
山に帰っておくれ・・・








