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心の旅

長く責任役員をお勤めいただいた檀家様が他界されました。

1月4日、新春厄除聖観音初護摩供法要の朝のことです。

 

毎年の護摩法要には礼服でご参列され、前の晩はお元気だったそうです。

きっと、明日はお寺に行こうとお考えだったことでしょう。

 

享年91歳。

 

 

23年前のお檀家様との西国三十三観音霊場巡拝。

私ははじめてひとり先達をさせていただきました。

 

バスでお寺を出発して、高速道に入ったころ、

この方が後ろから私のところまでやってきました。

 

「おい、そろそろお唱えするじゃねえか。」

 

一瞬、うん?何のこと? と思いましたが。

すぐに気が付きました。

 

そうか、まずは出発にあたり、車内でおつとめをしているんだ。

本山での修行時も同じでしたが、この寺でも、それが意外でした。

 

皆さん、お四国巡りもされている方々で、参拝へ向かうご熱心さがうかがえ、

若い自分がご一緒できることが嬉しく、先の道中が楽しみになりました。

 

 

いま思えば、この巡礼があった当時、丈夫で何事にも熱心な方々がいらっしゃった。

皆、他界されていき、御年を召され、もう長いこと巡礼は行われていません。

2023年の秋、弘法大師ご誕生1250年慶祝の企画として、

京都本山智積院などを訪ねたのが、皆さんとつどった久しぶりの旅でした。

 

 

ちなみにですが、その時の西国巡礼は春秋二度に分けて行い、

私が先達させていただいたのは春(前半札所)。

もちろん後半も同行する予定でいましたが、その秋の10月1日より、

本山智積院に奉職することとなり、私自身お檀家様方との西国巡礼は、

成満に至っておりません。

 

 

 

時は移り、いまでも、お寺を思ってくださる方々がおられます。

檀信徒様、またそれに属さない皆様も、分け隔てなく、

お寺にご縁の方々と旅をしたいと常々思います。

 

毎年団参を続けるお寺様の話を聞くと、正直うらやましい。

先達が大変なことはわかっていますが、皆さんと道中景色をともにして、

参拝を通じて心はひとつにまとまっていき、一緒に食事を楽しんでは

互いにお話を深められること、これはご褒美です。

普段ほとんど接しない方とも旅のご縁でお近づきになりたいと思います。

 

 

ただし、私が思う旅の軸になっているものは、「拝む」ことです。

仏様に出会うために外に出掛け、仏様のご加護のもとに私たちは互いを支え、

思いやり、そして団結してゆく。

仏様のおかげをいただくのがお寺の目指す旅というものでしょう。

 

 

現実は旅を頻繁に行うことが難しい。

だからこそ、皆様にこのお寺の仏様に出会いに来ていただかなくては、

先達は日々拝まなくてはと思うわけです。

 

 

心の旅は常に巡っている。

心の旅を豊かなものにするための仏様は、己のとても身近にございます。

 

なぜ拝むのですか。

ここに仏様と出会えているからです。

 

観音様を心にお宿しになった方が、またひとり他界されました。

                            合掌

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1月4日 朝日に照らされる寺平

2026年1月の「言葉の力」

因果応報の娑婆世界

いつか自分の蒔いた種が
自分の歩む道に芽を出す
さあ はじめの一歩

迎春 丙午

大晦日の夜は多くの方が鐘をつき、丁寧におまいりなされました。

去りし日を振り返り、成長を喜び、無事に感謝し、行いを反省する。

除夜に災いを払い身を清め、本日、気持ち新たにお目覚めのことと思います。  

迎春

 

西暦2,026年、令和8年午歳を迎えました。

昨年は戦後80年を数える年であり、全国寺院、各宗派ならびに各仏教会それぞれに

慰霊法要など特別な行事を催されたことでしょう。

真福寺では春に真言声明と御諏訪太鼓のコラボコンサートを開くなかで、プログラムに

戦後のメッセージを込め、また恒久平和の祈りをご来場のみなさまと共有しました。

 

長女は岡谷市が派遣する中学生の広島平和研修団のメンバーに選抜され、

夏休みに広島市での祈念式典に参列し、現地の体験者から切実な思いを受け取り、

多くの学びを得て帰ってまいりました。

 

「平和はみんなで力を合わせて守らないと、逃げていってしまう。」

 

現地で受け取り、長女の胸に刻まれた言葉です。

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全国には、広島から鎮魂、誓いの灯を授かり、遠く離れた自分の寺へと運び、

その火をいまも絶やすことなく灯し、恒久平和のために地域住民の祈りの場として守り、

毎年大切に供養を続けているご住職がいらっしゃるそうです。

 

絶えず続ける、というのは容易なことではありません。

永久に皆とともに平和を守るのだというご住職の覚悟があり、

確かな祈りの力、誓いのメッセージが地域に浸透しているのではないでしょうか。

 

戦後の節目のみならず、誓いを忘れず連続性を保って守ることの大切さ、

一隅を照らすようにして精進することの重要性を学ぶことができます。

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さて、突然ですが、人にとって「言葉」とは。

言うまでもなく、もっとも重要であり、欠かすことのできないもの。

それは、これまでもこれからも人類共通の認識であります。

言葉とともに生きることは、幸せの条件のひとつと言っても過言ではないです。

しかし、一方で言葉によって争い、そして不満や不安が生じることも事実ですね。

 

新年を迎え、寺や神社に出向き、神仏に願いごとを伝える日本の風景。

この時、言葉によって思いを届けているのですが、その際にわたしたちは

正確に言葉を表せていますでしょうか。

その言葉によって、自身は満たされていますか?

 

 

話が逸れそうですが、以前、高校バスケ界を描いた映画『スラムダンク』を鑑賞。

国内№1の高校生として君臨する沢北栄治が、全国大会前に神社で願いごとをします。

「俺に必要な経験をください。まだ何かあるとすれば、それを俺にください。」

 

エース沢北率いる、誰もが王者と認める高校は、まさか二回戦で敗退します。

肩を落し涙する選手たちに監督がこう語りかけます。

「『負けたことがある』というのが、いつか大きな財産になる。」

 

受け入れがたい敗北に選手と指導者がともに向き合い、はいあがろうとするシーン。

言葉や想いの成就(結果)と、人の本質としてあるべき成就(自覚)は異なると

感じた、ある神社参りを伏線とした教訓ともなるシーンでした。

 

 

無理やり話しを戻します。

冬、私は毎日、まだ夜が明けないうちに起きて外に出ます。

夜空を見上げれば、星々が燦燦と輝いています。

すると、大きな星がひとつ弧を描いて流れていきました。

 

流れ星には、「消えないうちに」お願いごとをするんだよ。

誰もが幼いうちに聞かされたことのある、迷信ですね。

その時の流れ星は随分とながく見ることができました。

火球だったのかもしれませんが

 

この年になっても、とっさに何かを伝えようと体が反応したのですが、

その時に邪魔したのが「言葉」でした。

人にとって言葉とは、煩悩や迷いを顕す側面があることも否めません。

そして、同時に確信したのが、言葉がなくても満たされることもまた事実、

ということです。

 

「そこにいるだけでよい。」

「お姿を見させてもらうだけでよい。」

『ただ、心静かに手を合わすだけでよい。』

 

言葉をもって表現することがすべてではなく、

それを凌駕するものが人には備わっているのではないでしょうか。

手を合わす人の姿は、すべての希望に通じ、すべての救いに通じる可能性をもつ、

そう思うのです。

 

手を合わす機会が、毎日のなかに自然にあるといいですね。

そこにゆっくりと必要な言葉を乗せられると、なお良いわけですよね。

 

 

消えないうちに思いを伝えるべき流れ星のような存在はないと思っています。

人は想像力を働かせ、いつも、いつまでも静かに手を合わせることができます。

それが源であり、言葉が生まれるのはそのあとでもよいのではないでしょうか。

 

 

以前、私の先輩僧侶が布教の機会にこう話されました。

「合掌の姿から、争いの感情、争いの言葉は生まれない。」

 

 

午歳は人が活発になり、忙しく事が運ばれ、広がりをみせていく、

そんな印象をもちます。

周囲の速度、移り変わりに惑わされることのないよう心得ておくことが必要です。

消えないうちに思いを伝えなくてはならない状況に遭遇し、そこに束縛されませぬよう。

まことのことは、合掌(こころ)からはじまります。

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たとえるならば、合掌は浄化の力を秘めた蓮のつぼみ。

わたしたちの合掌は、仏さまを感受し気づきを得ようとする姿です。

常日頃の合掌と言葉を基礎として開運開花が成就してまいりますように。

 

 

多くの笑い、出逢い、まなび、

皆さまにとって悦び多き年となりますことをご祈念申し上げます。

                             合掌

月別一覧

今月の「言葉の力」

因果応報の娑婆世界

いつか自分の蒔いた種が
自分の歩む道に芽を出す
さあ はじめの一歩

言葉の力一覧

聖観音縁日護摩修行
ととのう写経体験
癒しのおてらヨガ

法事・年忌法要早見表

亡くなった年 本年回忌
令和7年 2025年 一周忌
令和6年 2024年 三回忌
令和2年 2020年 七回忌
平成26年 2014年 十三回忌
平成22年 2010年 十七回忌
平成16年 2004年 二十三回忌
平成12年 2000年 二十七回忌
平成6年 1994年 三十三回忌

真福寺の法事について

厄年早見表

大厄(男性)

  • 24
    平成15年生
    (前厄)
  • 25
    平成14年生
    (本厄)
  • 26
    平成13年生
    (後厄)
  • 41
    昭和61年生
    (前厄)
  • 42
    昭和60年生
    (本厄)
  • 43
    昭和59年生
    (後厄)
  • 60
    昭和42年生
    (前厄)
  • 61
    昭和41年生
    (本厄)
  • 62
    昭和40年生
    (後厄)

大厄(女性)

  • 18
    平成21年生
    (前厄)
  • 19
    平成20年生
    (本厄)
  • 20
    平成19年生
    (後厄)
  • 32
    平成 7年生
    (前厄)
  • 33
    平成 6年生
    (本厄)
  • 34
    平成 5年生
    (後厄)
  • 36
    平成 3年生
    (前厄)
  • 37
    平成 2年生
    (本厄)
  • 38
    平成元年生
    (後厄)
  • 60
    昭和42年生
    (前厄)
  • 61
    昭和41年生
    (本厄)
  • 62
    昭和40年生
    (後厄)

真福寺の厄除けについて

厄年は「数え年」を基準としています。

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