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迎春 丙午

大晦日の夜は多くの方が鐘をつき、丁寧におまいりなされました。

去りし日を振り返り、成長を喜び、無事に感謝し、行いを反省する。

除夜に災いを払い身を清め、本日、気持ち新たにお目覚めのことと思います。  

迎春

 

西暦2,026年、令和8年午歳を迎えました。

昨年は戦後80年を数える年であり、全国寺院、各宗派ならびに各仏教会それぞれに

慰霊法要など特別な行事を催されたことでしょう。

真福寺では春に真言声明と御諏訪太鼓のコラボコンサートを開くなかで、プログラムに

戦後のメッセージを込め、また恒久平和の祈りをご来場のみなさまと共有しました。

 

長女は岡谷市が派遣する中学生の広島平和研修団のメンバーに選抜され、

夏休みに広島市での祈念式典に参列し、現地の体験者から切実な思いを受け取り、

多くの学びを得て帰ってまいりました。

 

「平和はみんなで力を合わせて守らないと、逃げていってしまう。」

 

現地で受け取り、長女の胸に刻まれた言葉です。

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全国には、広島から鎮魂、誓いの灯を授かり、遠く離れた自分の寺へと運び、

その火をいまも絶やすことなく灯し、恒久平和のために地域住民の祈りの場として守り、

毎年大切に供養を続けているご住職がいらっしゃるそうです。

 

絶えず続ける、というのは容易なことではありません。

永久に皆とともに平和を守るのだというご住職の覚悟があり、

確かな祈りの力、誓いのメッセージが地域に浸透しているのではないでしょうか。

 

戦後の節目のみならず、誓いを忘れず連続性を保って守ることの大切さ、

一隅を照らすようにして精進することの重要性を学ぶことができます。

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さて、突然ですが、人にとって「言葉」とは。

言うまでもなく、もっとも重要であり、欠かすことのできないもの。

それは、これまでもこれからも人類共通の認識であります。

言葉とともに生きることは、幸せの条件のひとつと言っても過言ではないです。

しかし、一方で言葉によって争い、そして不満や不安が生じることも事実ですね。

 

新年を迎え、寺や神社に出向き、神仏に願いごとを伝える日本の風景。

この時、言葉によって思いを届けているのですが、その際にわたしたちは

正確に言葉を表せていますでしょうか。

その言葉によって、自身は満たされていますか?

 

 

話が逸れそうですが、以前、高校バスケ界を描いた映画『スラムダンク』を鑑賞。

国内№1の高校生として君臨する沢北栄治が、全国大会前に神社で願いごとをします。

「俺に必要な経験をください。まだ何かあるとすれば、それを俺にください。」

 

エース沢北率いる、誰もが王者と認める高校は、まさか二回戦で敗退します。

肩を落し涙する選手たちに監督がこう語りかけます。

「『負けたことがある』というのが、いつか大きな財産になる。」

 

受け入れがたい敗北に選手と指導者がともに向き合い、はいあがろうとするシーン。

言葉や想いの成就(結果)と、人の本質としてあるべき成就(自覚)は異なると

感じた、ある神社参りを伏線とした教訓ともなるシーンでした。

 

 

無理やり話しを戻します。

冬、私は毎日、まだ夜が明けないうちに起きて外に出ます。

夜空を見上げれば、星々が燦燦と輝いています。

すると、大きな星がひとつ弧を描いて流れていきました。

 

流れ星には、「消えないうちに」お願いごとをするんだよ。

誰もが幼いうちに聞かされたことのある、迷信ですね。

その時の流れ星は随分とながく見ることができました。

火球だったのかもしれませんが

 

この年になっても、とっさに何かを伝えようと体が反応したのですが、

その時に邪魔したのが「言葉」でした。

人にとって言葉とは、煩悩や迷いを顕す側面があることも否めません。

そして、同時に確信したのが、言葉がなくても満たされることもまた事実、

ということです。

 

「そこにいるだけでよい。」

「お姿を見させてもらうだけでよい。」

『ただ、心静かに手を合わすだけでよい。』

 

言葉をもって表現することがすべてではなく、

それを凌駕するものが人には備わっているのではないでしょうか。

手を合わす人の姿は、すべての希望に通じ、すべての救いに通じる可能性をもつ、

そう思うのです。

 

手を合わす機会が、毎日のなかに自然にあるといいですね。

そこにゆっくりと必要な言葉を乗せられると、なお良いわけですよね。

 

 

消えないうちに思いを伝えるべき流れ星のような存在はないと思っています。

人は想像力を働かせ、いつも、いつまでも静かに手を合わせることができます。

それが源であり、言葉が生まれるのはそのあとでもよいのではないでしょうか。

 

 

以前、私の先輩僧侶が布教の機会にこう話されました。

「合掌の姿から、争いの感情、争いの言葉は生まれない。」

 

 

午歳は人が活発になり、忙しく事が運ばれ、広がりをみせていく、

そんな印象をもちます。

周囲の速度、移り変わりに惑わされることのないよう心得ておくことが必要です。

消えないうちに思いを伝えなくてはならない状況に遭遇し、そこに束縛されませぬよう。

まことのことは、合掌(こころ)からはじまります。

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たとえるならば、合掌は浄化の力を秘めた蓮のつぼみ。

わたしたちの合掌は、仏さまを感受し気づきを得ようとする姿です。

常日頃の合掌と言葉を基礎として開運開花が成就してまいりますように。

 

 

多くの笑い、出逢い、まなび、

皆さまにとって悦び多き年となりますことをご祈念申し上げます。

                             合掌

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今月の「言葉の力」

因果応報の娑婆世界

いつか自分の蒔いた種が
自分の歩む道に芽を出す
さあ はじめの一歩

言葉の力一覧

聖観音縁日護摩修行
ととのう写経体験
癒しのおてらヨガ

法事・年忌法要早見表

亡くなった年 本年回忌
令和7年 2025年 一周忌
令和6年 2024年 三回忌
令和2年 2020年 七回忌
平成26年 2014年 十三回忌
平成22年 2010年 十七回忌
平成16年 2004年 二十三回忌
平成12年 2000年 二十七回忌
平成6年 1994年 三十三回忌

真福寺の法事について

厄年早見表

大厄(男性)

  • 24
    平成15年生
    (前厄)
  • 25
    平成14年生
    (本厄)
  • 26
    平成13年生
    (後厄)
  • 41
    昭和61年生
    (前厄)
  • 42
    昭和60年生
    (本厄)
  • 43
    昭和59年生
    (後厄)
  • 60
    昭和42年生
    (前厄)
  • 61
    昭和41年生
    (本厄)
  • 62
    昭和40年生
    (後厄)

大厄(女性)

  • 18
    平成21年生
    (前厄)
  • 19
    平成20年生
    (本厄)
  • 20
    平成19年生
    (後厄)
  • 32
    平成 7年生
    (前厄)
  • 33
    平成 6年生
    (本厄)
  • 34
    平成 5年生
    (後厄)
  • 36
    平成 3年生
    (前厄)
  • 37
    平成 2年生
    (本厄)
  • 38
    平成元年生
    (後厄)
  • 60
    昭和42年生
    (前厄)
  • 61
    昭和41年生
    (本厄)
  • 62
    昭和40年生
    (後厄)

真福寺の厄除けについて

厄年は「数え年」を基準としています。

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