考える力
お世話になっている方がこんな話をしてくださいました。
幼稚園のこどもたちの演劇の話。
親御さんは皆、自分の子がよい役であればいいと考える。
うちの子がなんでこんな役なのか、と不満を言う人もいる。
その方はこう言います。
どの役も大事。
たとえ、セリフのない、動きのない葉っぱの役だとしても、
「考えて演じなさい。」
と教える。
『そこに風が吹いていることを想像できないか。』
発表の日、葉の役の子は、ゆらゆらと揺れるように動いていた。
主役は何人もいらない。
脇役がすごく大切。
すべての役に意味がある。
というお話でした。
自分でもわかってはいることですが、実際その場にいたら、
この程度の役なら、自分ひとりくらいなら、
と、一生懸命に努めることを疎かにしてしまいそうなものです。
昔を思い出しました。
小学校のころか、自分は馬の役だった。
セリフは、歩きながら「ヒヒーン」が一度。
たしか、その時、木の役の子がいた。
セリフも動きもない、ただ立っているだけの役だった。
この子はどうすればよかったのか。
きっと、想像し、考えることによって意味が生まれるのでしょう。
まったく動かない、という挑戦も見事で必要なのかもしれない。
こどもの頃の演劇の経験は、
大人になり社会に出てからも役に立つものがある。
大きい役、小さい役がたしかに存在し、
ずっと光があたる役とまったくあたらない役もある。
考える力を養い、自分の役の意味を信じて精一杯努めなくてはならない。
合掌







