本文へジャンプ
  • 真福寺イメージ1
  • 真福寺イメージ2

岡谷市にある真言宗智山派青龍山真福寺│諏訪三十三観音霊場第32番札所

寺族日記

寺族日記ブログ画像

寺族日記

神社さま

先日、諏訪の八釼神社をお参りしました。 ちょうど秋の例大祭「みかん祭り」を行っており、遠目から見させていただきました。 さらには神事を終えた...

続きを読む

寺族日記一覧

新着情報

「真福寺」縁起

寺の由来

興教大師像
【興教大師像】
岡谷市川岸高尾山麓寺平。
真福寺発祥の地には、今も興教大師が袖の中で秘印を結び鎮座する。

当山は山号を青龍山、寺号を真福寺と称す。その開基は、諏訪湖の西方に位置する高尾山麓寺平を発祥の地として、諏訪大社大祝金刺隆種氏が正平五年高尾山城築城の時、その鬼門除けとして堂宇が建立された。

天文11年以降当国が武田信玄の麾下に入ると、高尾山城は武田流兵法つなぎ狼火台の一環として軍累上重要な地歩を占め、武田氏は当山へ寺領寺産を寄進した。
天正10年2月、織田信長が当国へ侵入猛攻し高尾山城は累卵の危うきに晒され、当山は寺平にあること二百有余年にして兵難を三沢の里に避け、新たに法域を定めたその地を堂窪と称した。

集合写真
新本堂落成前年(平成8年)、当時の総代役員方が寺の発祥地を訪れ、周辺を整備し、興教大師に報告と報恩謝德の誠を捧げた。

しかし宝永3年春、不幸にして災火に遭い伽藍は悉く炎上して、正徳2年、堂窪時代百三十年にして衆落の中心である熊野神社隣の地に、諏訪藩第四代目藩主忠虎公の寄進を仰ぎ湖西名刹たる法城を整え今に至る。

明治から大正期、古くの檀徒には、日本最大を誇った製糸企業「片倉組」(のち片倉工業)の創立者である片倉兼太郎がおられた。当時の住職(第二十世徴海和上)と親交があり、また誠に尊く甚大なご寄進を賜り、寺を厚くお支えいただいたと聞く。

片倉兼太郎

片倉兼太郎
片倉兼太郎像(鶴峰公園内)

初代片倉兼太郎は1849年(嘉永2年)諏訪郡三沢村(現岡谷市川岸)の生まれ。1917年(大正6年)死没。
製糸家。製糸企業片倉組の創立者。明治から大正期にかけ全国に製糸工場20余を構えた日本製糸業界の先駆者であり、二代目片倉兼太郎に受け継がれると1920年に片倉製糸紡績と改められ、やがて岡谷の製糸業は世界に通じて隆盛を極めていった。
寺の近くにあるつつじの名所「鶴峯公園」は片倉兼太郎ゆかりの場所としても知られており、開花の時期には県内外より大勢の見物客で賑わう。昭和初期の洋風建築物そして千人風呂が有名の「片倉館」は、片倉一族(二代目片倉兼太郎)が諏訪に残した偉大な歴史と文化そして繁栄の象徴である。
初代、二代目片倉兼太郎の墓所は寺近くの三沢「高道墓地」に安置される。

インスタグラム

今月の「言葉の力」

感謝の心に救われる

    ~感謝は力~
お陰の存在に気づくことは
救いの力を身につけること

言葉の力一覧

聖観音縁日護摩修行
ととのう写経体験

法事・年忌法要早見表

亡くなった年 本年回忌
令和4年 2022年 一周忌
令和3年 2021年 三回忌
平成29年 2017年 七回忌
平成23年 2011年 十三回忌
平成19年 2007年 十七回忌
平成13年 2001年 二十三回忌
平成9年 1997年 二十七回忌
平成3年 1991年 三十三回忌

真福寺の法事について

厄年早見表

大厄(男性)

  • 24
    平成12年生
    (前厄)
  • 25
    平成11年生
    (本厄)
  • 26
    平成10年生
    (後厄)
  • 41
    昭和58年生
    (前厄)
  • 42
    昭和57年生
    (本厄)
  • 43
    昭和56年生
    (後厄)
  • 60
    昭和39年生
    (前厄)
  • 61
    昭和38年生
    (本厄)
  • 62
    昭和37年生
    (後厄)

大厄(女性)

  • 18
    平成18年生
    (前厄)
  • 19
    平成17年生
    (本厄)
  • 20
    平成16年生
    (後厄)
  • 32
    平成 4年生
    (前厄)
  • 33
    平成 3年生
    (本厄)
  • 34
    平成 2年生
    (後厄)
  • 36
    昭和63年生
    (前厄)
  • 37
    昭和62年生
    (本厄)
  • 38
    昭和61年生
    (後厄)
  • 60
    昭和39年生
    (前厄)
  • 61
    昭和38年生
    (本厄)
  • 62
    昭和37年生
    (後厄)

真福寺の厄除けについて

厄年は「数え年」を基準としています。

↑