恩送り
北海道に住む後輩(尼僧の住職さん)が、大事業クラウドファンデイングに挑みました。
老朽化したかつての民宿を大規模改修し、安心できる「みんなの居場所」をつくり、
今後の社会活動に役立てたいとの強い思いからです。
結構高いハードル、という印象でした。
結果から申しますと、遠く及びませんでした。
私の勝手な想像ですが、当初無理ではないか、という声が、
おそらくまわりにはあったのではと思います。
無理ではないか、と先に正解や正論をいうことは簡単なんですよね。
しかし、そこからは何も生まれてこない。
後輩の心は「挑戦」の一択でした。
この挑戦に確かな意志と希望をもっているからこそでしょう。
すごいことです。尊敬します。
いまから15年以上前、京都の本山で一緒に過ごした頃から、
パワーのある人でしたから。
さて、結果は大事ですが、その結果は置いておいて。
後輩からいただいたお便りに、このたびの挑戦を終えた感想が述べられていました。
とにかく、すごく大きな壁もあり苦労したとのこと。これが第一声。
しかし、あきらめずに挑み続ける、まわりの方に思いを伝え続ける、
そんな姿勢を見て、周囲に反応が起こり始めたそうです。
自分の見えないところで、応援の輪が広がっている!!
「どうして、これほどまでに助けてくれるのだろうか。」
これが第一声を上回る心の声。
ある日、後輩のところに訪れてきた方が、ある事業に着手しようと、
周囲への働きかけを始めていたそうです。
いま新しいことを始めようとしている自分は、まさにその大変さを知るひとりであり、
この日出会ったご来客のために何かお役に立てればと思ったそうです。
同時に、他人である自分のことを助けてくれる皆さんの気持ちもわかる気がしたと。
後輩は便りに次の言葉を綴っていました。
自分のことのように支援して下さる人とは、
同じように、かつて自分が困っていた時に誰かから助けてもらったんだろうな。
自分の受けた恩を、別の方を助けることで返しているのだな。
受けた恩をその人に直接返す恩返し。
もうひとつ、「恩送り」という言葉があります。
受けた恩を忘れず、日常の身近な人にもよい行いを差し向けていく。
同じ思いをもって別の人を助ける。
これも恩を返すということであって、このことを恩を送るというそうです。
恩は遠くから返せ、とはこういうことなのかなとも思います。
かつて、私はこの後輩から恩を受けたことがあります。
それも一度ではありません。
その後輩が、本山で私と同じ部署に勤務した時がありました。
上からの物言いになってしまいますが、不平不満を口にせず、
いつも明るく、前向きな行動力をもって人一倍働いていました。
当時、この人の働きにみんなが助けられていたと私は思っています。
便りの締めくくりにこう綴っていました。
辛い思いをしたり、助けてもらう有り難さを知ると、他人にも親切になれる。
本当によい経験をさせてもらえました。
後輩はこのたびの挑戦によって、多くの価値を得たと思います。
この先の人生に大きな財産と成り得るものでしょう。
一念発起し思い描いた未来図が実現するよう、邁進し続けることと思います。
北海道登別の春はもう少し先でしょうか。
このたびの挑戦を尊敬し、今後の寺を拠点とした社会活動を応援しています。
春よ来い。
合掌