暖かな大寒
大寒だというのに、珍しく雨が降りました。
気温が高く、なんとも不思議であります。
この時期、諏訪では諏訪湖の御神渡りの出現に期待を抱きます。
この地に遥か昔から伝わる独自の信仰と言えます。
八釼神社の宮司様と氏子総代様方が、小寒から毎日欠かさず、
まだ夜も明けない凍てつく時間から諏訪湖の観察を続けておられます。
この観察に関心をもち、毎朝遠くから通っているという方からお聞きしました。
観察の様子を見守っていると、なんとも美しい「自然と人の姿」に出会えるそうです。
その魅力には、神渡りの出現に限らず、大自然の息吹そのものに触れて
気づかされるのかもしれません。
(写真映像:辰野町在住 小松様からいただきました)
この場にいる人たちは、
雄大な自然に生かされる我が命を感じとり、
大いなるもののなかに小さな事象を観察し、
小さな事象が大いなるものを知らしめる。
そんな真理を肌に感じ取っているのではないでしょうか。
(写真映像:辰野町在住 小松様からいただきました)
一日が始まろうとする、刻一刻の変化を自然から享受し、拝む。
(写真映像:辰野町在住 小松様からいただきました)
目に飛び込む圧倒的な美しさばかりではなく、畏怖も含め、
その魅力を神々しいというのでしょう。
人は、衣食住すべて自然の恵みのなかに生かされている存在ですから、
自然に対しては、畏敬の念と仏教でいうところの「あきらめ=諦め」をもち、
自然と向き合い考えを巡らせる姿勢が大切です。
仏教では、それを「あきらめ=明らめ(か)」とも表現します。
暖かい大寒。積雪もなく、お寺としては有難い毎日ですが、
しかし、この自然界の変容は、どこか心配でもありますよね。
日々新た、近くに遠くに自然を観察して過ごしましょう。
合掌
大寒の諏訪湖
届いてほしい祈り
元日に起きた能登半島地震により犠牲となった多くの方のご冥福をお祈りし、
被災された皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げます。
1月8日、午前8時、
観音堂において、筆をとり、祈りを写経に綴る「書初め」を実施しました。
お寺には仏さまがおられ、祈るための堂宇があります。
ともに被災地にむけて祈ろうとして下さる方をお呼びかけしたところ、
多くの方がご参集下さいました。
皆様は理趣経百字偈の写経に、被災地に向ける心を言葉にして添え、
私は皆様の祈りを背に感じながら、聖観音菩薩のもと護摩を修しました。
「祈れる場所ができて有難い」というお言葉をいただきました。
私は、みなとともに祈りたいと考えていたので、皆様の気持ち、
そのお姿こそが尊いものでした。
皆様がしたためて下さった祈りの写経は、すべて護摩の炎に焚き上げました。
観音さまが受けとめて下さったお一人おひとりの心が、被災地の方々の胸にまで
届いてほしいと思います。
そしていつか、それがかたちになってくれることを願います。
毎日の報道で知る犠牲者のこと、愛する家族を失い、心休まる居場所を失い、
その耐え難き辛さに耐えながら、厳しい避難生活をおくる人たちのこと。
被災地の深刻さは日々増すばかり。想像して胸が傷みます。
私は何のお役にも立てませんが、お寺から気持ち同じくする人たちとともに祈ります。
有志の義援金をつどって送金し、これから願う復興の一助にしてほしいと思います。
支援物資を届け、被災地で身を粉にして救援活動に尽くされている方々には
心より敬意を表するとともに、安全を祈念しつつ私たちの思いも託させて下さい。
抜苦与楽、現地での「救いの力」をお祈りしています。
無常の人の世は、「助け、助けられ」が不変の絆かと存じます。
お寺で仏さまに手を合わせ願いたいと思えば、いつでもお越し下さい。
無事に生活を送る私たちの命は、これまでに誰かが祈って下さった命です。
この先も、みなともに祈ることを努めとしてまいります。
合掌
2月日曜仏教会のご案内-終了しました。
ご参拝の皆様一緒に舎利和讃をお唱えしました。
皆さんに向けて、声明を詳しく正確にお伝えすることはできませんが、
それに囚われることなく、声に出していただくことが大事と思います。
後ろから聞こえてくる声が大変嬉しく思いました。
これからも当山の涅槃会は、お釈迦さまのもとにみなさんとつどい、
僧伽(仲間)として、ともに営む法儀でありたいと思います。
お釈迦様が亡くなられた、そのご命日は2月15日とご存知でしょうか。
全国寺院では、2月(または3月)に三仏忌のひとつ、涅槃会を行ないます。
涅槃図に描かれるお釈迦様のお傍までおまいり下さい。
【涅槃会勤修】
2月18日(日) 14時より
・お釈迦様のお話
・涅槃供養
・大念珠まわし
お申込みは不要です。(参加無料)
簡単ですが、ご本堂に温かいお飲み物と菓子をご用意します。
お釈迦様に報恩感謝を捧げ、ご供養をともにお勤め下されば幸いです。
皆様のご来寺をお待ち申し上げます。
2024年1月の「言葉の力」
~南無の心~
ありがとう
ごめんなさい
おかげさま
迎春 甲辰
令和6年、西暦2024年を迎えました。
今年は甲辰の年。
昨年は、弘法大師空海ご誕生1250年慶祝の年にあたり、
秋に檀信徒つどい、京都総本山智積院を参拝いたしました。
宿坊智積院会館に宿泊し、翌朝は一同勤行に参列。
大師堂内を特別拝観させていただき、弘法大師像を間近に拝み、
ご本山の空気に触れる貴重な旅をともにしました。
皆様、ありがとうございました。
本年は辰年。連想させる生き物は「龍」ですね。
十二支のなかで、唯一この世に実在しない生き物です。
架空の生物であり、神あるいは霊獣として崇拝されてきました。
仏教界においてもお堂の天上に描かれていたり、龍を祀るお寺は
数多く、当山においては山号を「青龍山」と申します。
諏訪には龍伝説があり、諏訪大明神の化身は龍と考えられ、
古来の人は諏訪湖に潜むものと想像していたようです。
龍は大海や湖などの水中に潜み、強力な力に人から畏怖の念を抱かれながら、
また「恵みの雨」をもたらす水神としても崇拝されてきました。
天に昇る勇ましい姿から、運気上昇、人々の暮らしに富をもたらすものと
信じられてきたのです。
今年は運気が高まる? 経済成長に期待?
寺宝「双龍」
寄進:檀徒 片倉兼太郎・片倉俊太郎・片倉武雄
(大正10年 第20世 徴海住職代)
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年頭、「いかなる年も」肝心なことを気に留めておきたいですね。
「物の興廃は必ず人による」(弘法大師のお言葉)
外に原因を探し求めるよりも、まず何事も自分含め人しだい。
人こそが、ご縁によって何かを築き、同じく何かを失っていきます。
そして、そのすべてのことは、「心から」始まる。
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心の乾き。
心の乾きとはなんでしょうか。
満たされない心? 疲れた心? 寂しさ?
様々な心の様子、欲求あるいは人の脆い部分も浮かびますね。
たとえば、渇愛という表現。
さて、心の乾きを潤すものはなんでしょうか。
心が潤い、豊かな感情、柔和な気持ちに導いてくれるものはなんでしょうか。
たとえば、殺伐とした世のなかに「幸福」を見つけ出すことのできる精神。
そのひとつが信心。
信心によって人の心に灌ぐ水があります。
「心にダムはあるのかい!」
懐かしい、四半世紀以上前のドラマの決め台詞ですね。
心を揺らす感動、そして涙。愛情をダムに例えました。
もしも、この年に龍の功徳をもとめるのなら、恵みによる心の潤い。
心潤すもっとも相応しい言葉は「ありがとう」です。
もっとも相応しい出会いは、「感動」です。
そのすべての思いやりの心は、人々の内側にあるものです。
人が互いに心を開き、高め合い、創造そして上昇できることを望みます。
「遍照」
甲辰の年明けに浮かんだ言葉。
願わくば世界の人に広く恵みが降り注ぎ、広く広く希望の陽が照らし、
努力と成長が叶いますように。
多くの笑い、出逢い、まなび、
皆さまにとって悦び多き年となりますことをご祈念申し上げます。
合掌
当山には龍が住んでおります。
本堂の西外陣、近くまでお参りできます。
精進と昇運、心新たに手を合わせてお祈り下さい。