信心灯る巡礼
関東より、諏訪三十三観音まいりの方々がお越しになりました。
四日かけて巡礼し、その最終日、27番から結願までのおまいりでした。
当山は結願寺のひとつ前にあたる、32番札所。
ご一行のお堂までの足の運び、読経のお姿を拝見し、
随分と元気なご様子とお見受けしました。
そこで、皆さんお疲れを感じませんね、とお伝え申し上げたところ、
苦笑され、一斉に首を横に振りました。
そう、巡礼はとにかく疲れるんですよね。
訪ねる一ヶ寺一ヶ寺でめぐりあう仏さま、美しいお庭、寺の気、
また住職をはじめとする寺族とのご縁のなかで、笑顔になり、
励まされ、癒され、気持ちが奮い立ってゆくものです。
自身、巡礼、お遍路から随分と遠のいてしまいました。
四国八十八ヶ所霊場を一人で歩き遍路したのが、平成15年の春。
県内の方々の西国三十三観音巡礼に先達として同行したのはその年の夏。
しかし、途中、私が秋から京都本山に奉職することになり、そのお役目は最後まで
果たすことができませんでした。
本山奉職時も修行僧とともに四国霊場を巡礼させていただきました。
その最後の機会が平成19年の冬。
以来、霊場巡礼の機会は一度もございません。
今年、岡谷の目上のご住職様が、お檀家様を連れ、自ら車を運転して
四国霊場を巡ったとお聞きし、感銘を受けました。
私もまた、皆さんと一緒に巡礼に出向きたい思いがあります。
巡礼に興味関心のある方は、行きたいのだけど、日常でなかなか機会がないと
口を揃えて仰います。
つまりは、これを計画して皆さんをつどい、お連れするのは寺の使命です。
僧侶が先頭に立ち、非日常へと導くのです。
家を離れ、一日朝から夕まで寺をつないでゆく巡礼は、普通の旅とは違い、
己と向き合い、己を知ろうとする心身修行の一面があります。
そして、巡った先での様々な出会いによって多くの喜びにも恵まれます。
その喜びとは、日常では得難い、行の疲れを忘れさせてくれるものだったりするのです。
巡礼を成満した時の感動は、傷を癒し、心を満たし、生きる力を与えてくれます。
信心が「灯る」瞬間があるのが巡礼。
一日を終えた夜は、同行の仲間と胸の内を語らうのも醍醐味のひとつでしょう。
そして、幾度となくいまの有難さに気づき、生きている実感をいただきながら、
おまいりの声や背中はおのずと力強さを増してゆきます。
合掌
諏訪三十三観音霊場 第32番 真福寺観音堂
本尊 聖観世音菩薩