先祖を訪ねて
一世紀近く昔に亡くなられた方を求めて。
コロナ禍に関東から岡谷市に移住してきたご家族がお寺を訪ねてきました。
ある本を読んでいたところ、そこにご先祖様のお名前を見つけたそうです。
明治時代、製糸業が岡谷川岸の地で急成長を遂げようとしていたころ、
中枢にして先駆的存在であった片倉家などと団結してその発展に尽くし、
功績ともに名を残されておられる方です。
少し遠いご先祖様。
「菩提寺はこちらでしょうか。家族でお墓まいりがしたいんです。」
お探しのご先祖様の墓所はいまも川岸三沢にありますが、
近いご親族は住まいが離れてしまい、どなたもこちらにはいらっしゃいません。
よって、日頃からお墓を参って下さる方も遠のいてしまっています。
お寺を訪れたご家族は、日頃から毎朝お仏壇にお水やお茶を供えては、
会ったこともない遠い先祖様にも手を合わせることを日課としていたそうで、
お墓を案内すると、先祖様にご挨拶できたことを大変喜んでおいででした。
また時間をあらためて、お花を手にお孫さんらご家族そろってお墓まいりをされ、
菩提寺まいりにもお越し下さいました。
お墓に眠ってらっしゃる方のひ孫さんがご高齢になり離れたところにお住まいですが、
子孫さんが訪ねてこられた旨を電話でお話し申し上げたところ、
感心しながら喜んで下さっているのがそのお声から伝わりました。
きっと、ご先祖様も同じように喜んでくださっていることでしょう。
身を粉にしてともに働き、世界にその名轟く岡谷製糸の礎を築かれた同志、
片倉一族の墓所のお傍で、高いところからいまの岡谷川岸を眺めておられます。
自分中心に過ごしてしまう毎日に、
かたちある豊かさや安心を追い求めてしまうのが人の性ならば、
目には見えないにものに思いを馳せ、想像力が磨かれることもまた人。
寒波に凍てつく川岸三沢のお墓に小さなお花が供えられています。
地方で墓終いが進み始めた昨今、ここに希望を見た気がしました。
合掌